新しい家族が増える喜びは、何物にも代えがたいもの。でも、その小さな命に夢中になるあまり、私は大切な先住犬の心を深く傷つけていたのです。40代の主婦である私も、新しい子犬「ルーク」を迎えた時、その愛らしさに完全に心を奪われてしまいました。
ルークが可愛くて仕方ない。手のひらに乗るほどの小さな体、ヨチヨチと歩く姿、クリクリした瞳で私を見上げるたびに、私の心はとろけそうになりました。気づけば、抱き上げたり、おやつをあげたり、ルークばかりを構う時間がどんどん増えていきました。ソファでルークを膝に乗せ、ひたすら撫でている私の横で、先住犬の「ハル」はいつも少し離れた場所から、じっと私を見つめていました。その瞳に映るのは、寂しさや戸惑い、そして微かな怒りだったのかもしれません。私は胸を締め付けられるような罪悪感を感じていました。「ごめんね、ハル。でも、ルークがこんなに可愛いんだもの…」心の中でそう呟くたび、私は自分が最低な飼い主だと感じていたのです。
「平等」という名の呪縛:なぜ先住犬のヤキモチは止まらないのか?
私はハルへの罪悪感から、必死に「平等に」接しようと努力しました。ルークを撫でた後は必ずハルを撫でる。おやつも同じ量。散歩も、ルークがまだ小さかった頃は別々に行っていましたが、成長してからは一緒に連れて行くようにしました。でも、ハルの態度は一向に変わりません。私がルークに声をかけると、ハルはプイッと顔を背け、私を避けるようになりました。以前は私の後をどこへでもついてきていたのに、今では私が近づくとスッと立ち去るのです。夜も、私のベッドで一緒に寝ていたのに、いつの間にかリビングの隅で丸まって寝るようになりました。
「どうしてなの?私、平等に接しているつもりなのに…」
私は途方に暮れました。ハルのヤキモチはエスカレートし、ついには粗相をするように。私の目の前で、わざと絨毯の上におしっこをした時は、ショックで言葉も出ませんでした。心の中では「なぜ私だけがこんなに苦しまなきゃいけないの?」という叫びが渦巻いていました。このままではハルとの絆が壊れてしまう。そして、私自身もこの重い罪悪感から解放されたいと強く願うようになりました。
転機は突然に:ドッグトレーナーの友人が教えてくれた「心のコップ理論」
そんなある日、ハルが食欲を失い、私に背を向けてばかりいる姿を見て、「このままではいけない」と強く思いました。藁にもすがる思いで相談したのは、昔からの友人であり、ベテランのドッグトレーナーであるアキラさんでした。彼は私の話をじっと聞いてくれ、優しく語り始めました。
「ねえ、犬にとっての『平等』って、人間が考えるものとは少し違うんですよ」アキラさんは穏やかにそう語り始めました。「もちろん、物理的な時間や量は大切です。でも、もっと大事なのは、それぞれの犬が『自分は大切にされている』と感じられるかどうかなんです。それぞれの犬には、それぞれの『心のコップ』があるんです。大事なのは、そのコップを、その子にとって最適な形で満たしてあげること。特に先住犬は、新しい家族が来たことで、自分の存在価値が揺らいでいると感じやすいんです」
アキラさんの言葉は、私にとって目から鱗でした。私はずっと、物理的な「量」で愛情を測ろうとしていたのです。しかし、ハルが本当に必要としていたのは、私からの「質」の高い安心感だったのかもしれない、と気づきました。
実践!「心のコップ」を満たす多頭飼いへの道
アキラさんのアドバイスを受け、私は具体的な行動を変えることにしました。
1. 先住犬「ハル」への「特別扱い」を意識的に増やす
「まず、先住犬のハルを最優先してください」とアキラさんは言いました。「食事、散歩の準備、私からの挨拶、全てにおいてハルを先に。子犬のルークが割り込んできても、まずはハルを優先する姿勢を見せるんです。そうすることで、ハルは『やっぱり自分が一番なんだ』と安心できます」。
私は朝起きたらまずハルに声をかけ、撫でてからルークの元へ行くようにしました。散歩も、ハルのリードを先に持ち、ハルを先に玄関から出す。食事もハルから先に与える。最初は戸惑いましたが、続けていくうちに、ハルが少しずつ私に近づいてくるようになりました。
2. 「質」の高い時間をそれぞれの犬と過ごす
「次に、それぞれの犬と一対一で、質の高い時間を意識的に作ってあげてください」とアキラさん。「例えば、ハルとは落ち着いたスキンシップや、ゆっくりとした散歩。ルークとは、遊びを通して社会性を学ぶ時間、というように。量は少なくても、その子にとって『最高の時間』だと感じられることが大切です」。
私は毎日、ルークが昼寝している間に、ハルと二人きりで庭に出てボール遊びをしたり、マッサージをしてあげたりする時間を設けました。また、ルークとは、先住犬がいない場所で新しいおもちゃで遊んだり、社会化のためのトレーニングをしたりしました。ハルは、私がルークと遊んでいる時も、以前のような不満そうに私を睨むことが減っていきました。
3. 子犬「ルーク」には「待つ」ことを教える
「ルークには『待つ』ことを教えてあげてください」とアキラさん。「子犬は好奇心旺盛で、何でも一番にやりたがりますが、そこで全てを受け入れてしまうと、序列が崩れてしまいます。ハルが優先されている間は、ルークには静かに待つことを教え、それができたら褒めてあげましょう」。
私はルークが私に飛びついてきても、すぐに反応せず、まずは「待て」の指示を出すようにしました。ハルがご飯を食べている間も、ルークには自分の場所で待たせる。最初は大変でしたが、ルークも少しずつ状況を理解し、落ち着いて待てるようになっていきました。
変化の兆し:絆が深まる多頭飼いライフ
これらの実践を始めて数週間後、驚くべき変化が現れました。ハルが再び私の膝の上に乗ってくれるようになったのです。私がルークを構っていても、以前のような鋭い視線はなく、むしろルークと一緒に私の周りでくつろぐ時間が増えました。
ある日、私がリビングで本を読んでいると、ハルとルークが私の足元で寄り添って眠っていました。その光景を見た時、私は胸がいっぱいになりました。「これこそが、私が望んでいた多頭飼いの形だ…!」私は感動で涙が止まりませんでした。アキラさんの言う「心のコップ」を満たすこと。それは、物理的な平等を超えた、それぞれの犬への深い理解と尊重だったのです。
ドッグトレーナーが語る!多頭飼いの「心のコップ」を満たす具体策
アキラさんは、多頭飼いで犬たちの「心のコップ」を満たすための具体的なポイントをいくつか教えてくれました。
1. 先住犬の「安心感」を最優先する
「新しい子が来ると、先住犬は『自分の居場所がなくなる』という不安を感じます。飼い主さんが変わらず自分を一番に思っている、というメッセージを明確に伝え続けることが何より大切です。食事、散歩、遊び、全てにおいて先住犬を優先する習慣をつけてください。これは人間でいう『上の子の赤ちゃん返り』と全く同じ心理なんです」
2. それぞれの犬の「性格」と「ニーズ」を理解する
「活発な子には運動量を、甘えん坊な子にはスキンシップを多めに。それぞれの犬が何を喜び、何を求めているのかを深く観察し、それに応じた愛情表現を心がけましょう。『平等』にではなく、『適切』に接することが、心のコップを満たす秘訣です」
3. 子犬には「社会化」と「ルール」を教える
「子犬は可愛らしいですが、だからといって全てを許してしまうと、わがままな子に育ってしまいます。先住犬との間には明確なルールを作り、子犬には『待つ』ことや『譲る』ことを教えてください。社会性を身につけさせることで、先住犬との関係もスムーズになります」
4. 飼い主自身の「心の余裕」を持つ
「飼い主さんが焦ったり、罪悪感を感じていると、その感情は犬たちにも伝わります。完璧を目指すのではなく、時には力を抜いて、犬たちとの時間を楽しむことを優先しましょう。飼い主さんの心の安定が、犬たちの心の安定につながります」
よくある質問:多頭飼いの「心のコップ」Q&A
Q1: 先住犬が子犬を攻撃するようになったらどうすればいいですか?
A: すぐに犬たちを隔離し、物理的な距離を保つことが最優先です。ドッグトレーナーのアキラさんによると、「これは先住犬からの明確なSOSです。無理に関係を修復しようとせず、必ず専門のドッグトレーナーや獣医行動学専門医に相談してください。原因を特定し、段階的に関係を構築し直すプロが必要です」。
Q2: 「平等」に接しているつもりなのに、うまくいかないのはなぜですか?
A: アキラさんの言う「心のコップ理論」が鍵です。人間が考える「平等」は、時間や量を均等にすることですが、犬にとっての「平等」は、自分が必要とされ、愛されていると感じられる「心の満足度」です。それぞれの犬の性格や、その時の感情に合わせて、愛情の「質」と「表現方法」を変えることが大切です。
Q3: 子犬が甘えん坊で、つい構ってしまうのを止められません。
A: 子犬の可愛さに抗えない気持ちはよくわかります。しかし、そこで全てを受け入れてしまうと、先住犬の心のコップが空っぽになってしまいます。アキラさんからのアドバイスは、「子犬を構う前に、必ず先住犬に一言声をかけたり、軽く撫でたりする習慣をつけてください。そして、子犬には『待つ』ことや、適切なタイミングで甘えることを教えるトレーニングを取り入れましょう。メリハリが大切です」。
家族みんなが笑顔に!多頭飼いの真の喜びを見つけよう
かつて、私は愛する犬たちとの関係に悩み、罪悪感に苛まれる日々を送っていました。しかし、ドッグトレーナーの友人アキラさんから「心のコップ理論」を学び、実践したことで、私の多頭飼いライフは劇的に変わりました。ハルとルークは、今ではまるで本当の兄弟のように寄り添い、時にはじゃれ合い、時には静かに同じ空間でくつろいでいます。
「愛は量ではなく質」。この言葉は、私にとって多頭飼いの真髄を教えてくれました。それぞれの犬の心のコップを満たすこと。それは、彼らが私たち家族の一員として、心から安心し、幸せを感じられるようにすることです。もしあなたが今、私と同じように多頭飼いの悩みを抱えているなら、まずは「平等」という名の呪縛から解放され、それぞれの愛犬の「心のコップ」に目を向けてみてください。きっと、愛犬との絆はさらに深まり、家族みんなが笑顔で過ごせる、かけがえのない日々が待っているはずです。迷った時は、私たちのように専門家を頼ることも、大切な選択肢の一つですよ。
この記事を書いた人
花村 咲子 | 40代 | 多頭飼いの犬と幸せに暮らすwebライター
かつて新しい子犬に夢中になり、先住犬との関係に悩み苦しんだ経験から、犬たちの心のケアと飼い主の心のバランスを保つための情報発信を続けている。愛犬との絆を深めるための実践的なアドバイスが得意。
