「ねぇ、今度の週末、近くの低山に登ってみない?」
ママ友からの誘いが、私の心を躍らせました。コロナ禍で運動不足が続き、何か新しいことを始めたいとモヤモヤしていた私にとって、まさに青天の霹靂。子供たちも大きくなり、自分の時間も少しずつ増えてきた頃でした。「よし、これを機に家族で楽しめる趣味を見つけよう!」と、私は胸を膨らませました。
しかし、最初の壁が「登山靴選び」でした。ネットで調べれば、1万円以下の手軽なものから、3万円を超える本格的なブランド品まで様々。「どうせ日本の低山だし、初心者だし、そこまで高いものは必要ないよね?」そう安易に考えた私は、ネットで評判の良かった1万円以下の登山靴をポチっと購入。見た目はそれなりにしっかりしているし、レビューも悪くない。これで十分だろうと、私は何の疑いもなく、初めての登山へと出発しました。
初めての登山は、近くにある標高800mほどの低山。天気は快晴、空気は澄み渡り、鳥のさえずりが心地よく響きます。最初は「最高のスタートだ!」と意気揚々と登り始めました。しかし、1時間を過ぎた頃から、異変が起き始めました。足の裏にはじんわりと熱がこもり、かかとには擦れるような違和感。土の斜面では、靴が思ったよりグリップせず、何度か滑りそうになります。「あれ…?こんなはずじゃなかったのに…」
下り坂ではさらに状況は悪化しました。つま先が靴に当たり、衝撃がダイレクトに伝わってきます。足の指がじんじん痛み始め、一歩踏み出すたびに「うっ」と声が漏れるほどでした。休憩中に靴下を脱いでみると、かかとには赤く大きなマメができていて、一部はもう破れていました。「もうダメかもしれない… このままじゃ、子供たちに心配かけちゃう…」と、心の中で呟きました。普段なら「ママ、がんばれ!」と応援してくれる子供たちの前で、こんなに辛そうな顔を見せたくない。期待に満ちたはずの登山が、まさかこんな苦行になるとは。
帰りの電車では、足の痛みと疲労でぐったり。隣で楽しそうに今日の出来事を話す家族の声も、どこか遠くに聞こえました。「なぜ私だけがこんなに…」「こんなはずじゃなかった…」と、後悔と羞恥心が入り混じった感情が押し寄せました。せっかく始めた登山なのに、もう二度と行きたくないとさえ思ってしまったのです。たった1万円をケチったばかりに、こんなに痛くて辛い思いをするなんて。これでは「安物買いの銭失い」どころか、「体験買いの絶望」です。
そんな私の姿を見かねたママ友が、ある日声をかけてくれました。「私も昔、同じ失敗したことあるんだよ。やっぱり登山靴だけはケチっちゃダメだね」。彼女は、私が買ったような安価な靴で痛い目に遭い、結局買い直した経験があると言います。そして、私に勧めてくれたのが、近所の登山用品専門店でした。半信半疑で訪れたその店で、私はベテランの店員さんに出会いました。私の足の形を丁寧に測り、歩き方までチェック。「お客様の足は、甲が低くて幅が狭いタイプですね。一般的な靴だと、中で足が遊んでしまって、それがマメや痛みの原因になります」と、的確なアドバイスをくれました。
いくつかのブランド靴を試着し、店内で実際に歩いてみたとき、私はその違いに衝撃を受けました。足全体を優しく包み込むようなフィット感、土踏まずをしっかりサポートしてくれる感覚、そして何よりも、一歩一歩が安定している。まるで、足と靴が一体になったような感覚でした。特に、3万円台のブランド靴は、その軽さとクッション性、そして足首のホールド感が格別でした。「これだ!これが本当の登山靴なんだ!」心の底からそう思いました。正直、3万円は決して安い買い物ではありません。でも、「このままじゃ家族に申し訳ない…」という後悔と、もう二度とあの痛みを味わいたくないという気持ちが、私の背中を押しました。
新しい登山靴を履いて挑んだ次の低山登山は、まるで別世界でした。足取りは軽く、岩場でも土の道でもしっかりグリップしてくれます。下り坂でつま先が当たることもなく、足の痛みは一切ありません。「これが、快適な登山なんだ!」と、景色を楽しむ余裕すら生まれました。水たまりも気にせず進める防水性、足裏から伝わる地面の感触は、私に本当の「大地を踏みしめる喜び」を教えてくれました。「もっと早くこの靴に出会っていれば…」と、過去の自分を少し恨みましたが、その分、今の快適さが身に沁みました。登山靴は、単なる道具ではありません。それは、あなたの足を守り、安全と快適さを提供し、そして何よりも、登山の楽しさを最大限に引き出してくれる「最高の相棒」なのです。
日本の低山であっても、登山靴選びは決して妥協してはいけません。1万円以下の靴の中にも良いものはあるかもしれませんが、初心者がそれを見極めるのは至難の業です。大切なのは、価格ではなく「あなたの足に合うか」「用途に合致しているか」。そして、専門店でプロのアドバイスを受け、実際に試着して選ぶこと。最初の一歩を快適に踏み出すことが、長く登山を楽しむための秘訣です。私の失敗が、あなたの賢い選択の一助となれば幸いです。
